長林寺跡

(河合町) 『河合町史跡&古墳巡り御墳印帖プロジェクト』の御墳印にもなっています。  推古24年に推古天皇の病気平癒を祈願して、聖徳太子が建立したと伝えられています。戦国時代に荒廃し、江戸時代に矢田の発志院の古篆和尚により禅宗黄檗流寺院として再興されました。  発掘調査により、金堂が西に、塔が東にある斑鳩の法起寺式伽藍配置の寺院であったことが確認されています。聖徳太子の時代にはわずかな建物があったと思われますが、七堂伽藍が整ったのは天武天皇が廣瀬神社を祭らせた頃と考えられています。  「長倉寺瓦」銘のある丸瓦が出土しており、所在地の「穴闇(なぐら)」は「長倉」の転訛と考えられます。  長林寺跡から出土した瓦(112点)は河合町指定文化財になっています。  現長林寺は普段は公開しておらず、河合町役場観光振興課を通じて連絡、観覧の調整を行っており事前予約が必要です。  旧長林寺金堂基壇は自由見学可能です。

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